東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)114号 判決 1983年3月07日
原告 西山茂行
被告 麹町税務署長
訴訟代理人 布村重成 鳴海悠祐 外二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
1 被告が原告に対してした次の各処分をいずれも取り消す。
(一) 原告の昭和五一年分贈与税について昭和五五年三月一四日付けでした更正(但し、納付税額九七九万四〇〇〇円を超える部分。)及び過少申告加算税賦課決定(但し、九万三〇〇〇円を超える部分。)
(二) 原告の昭和五四年分贈与税について昭和五五年四月三〇日付けでした過少申告加算賦課決定並びに同年九月三〇日付けでした再更正(但し、納付税額八〇〇〇円を超える部分。)及び過少申告加算税賦課決定(但し、審査裁決により一部取り消された後のもの。以下同じ。)
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二原告の請求原因
一 原告の昭和五一年分及び昭和五四年分の各贈与税の課税経過は次表のとおりである。
(昭和五一年分) (単位円)
区分
昭和年月日
課税価格
納付税額
過少申告加算税
申告
52・2・12
一七、〇六四、六六六
七、九三三、四〇〇
―
更正賦課決定
55・3・14
三四、九三八、五四一
一九、三七四、七〇〇
五七二、〇〇〇
異議申立て
55・5・12
二〇、〇四三、六四五
九、七二〇、八〇〇
八九、三〇〇
右決定
55・9・9
棄却
審査請求
55・10・9
二〇、一六五、五四一
九、七九四、〇〇〇
九三、〇〇〇
右裁決
56・7・30
棄却
(昭和五四年分) (単位円)
区分
昭和年月日
課税価格
納付税額
過少申告加算税
申告
55・3・13
六五四、二二二
五、四〇〇
―
更正賦課決定
55・4・30
三、九二五、三三四
九一〇、〇〇〇
四五、二〇〇
異議申立て
55・5・12
更正賦課決定の取消請求
右決定
55・9・9
棄却
再更正賦課決定
55・9・30
六、一二八、九三二
一、八六九、〇〇〇
四七、九〇〇
審査請求
55・10・9
六八〇、九九二
八、〇〇〇
〇
右裁決
56・7・30
六、一二八、九三二
一、八六九、〇〇〇
四五、二〇〇
(更正に伴う分)
三、二〇〇
(再更正に伴う分)
二 しかし、右の課税処分のうち、原告が前記第一の一1で取消しを求めるものは、いずれも課税価格を過大に認定した違法な処分である。
第三請求原因に対する被告の認否と主張
(認否)
請求原因一は認め、同二は争う。
(主張)
一 原告の昭和五一年分贈与税について被告が昭和五五年三月一四日付けでした更正の根拠及び適法性は、次のとおりである。
1 原告は、西山正行(以下「正行」という。)から正行所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を無償で借り受けていたところ、昭和五一年六月二五日、正行との間で権利金を支払うことなく右契約内容を賃貸借契約に更改し、もつて、正行から、対価を支払わないで、通常支払われるべき権利金相当額の経済的利益(以下「本件経済的利益」という。)を受けた。したがつて、原告は、相続税法九条の規定により、本件経済的利益の価額に相当する金額を右同日正行から贈与により取得したとみなされるところ、右の価額は、本件土地に係る賃借権(以下「本件借地権」という。)の右同日における価額(それは相続税法二二条の規定により時価によることとなる。)により評価される。
ところで、本件土地は、実測面積が七二・五平方メートルで、一辺が路線価の設定された道路に面する三角地であり、地上には原告が昭和四六年九月一日正行から贈与を受けて貸家の用に供している別紙物件目録(三)記載の家屋(以下「本件家屋」という。)が存し、更に、国鉄のために鉄道用地下トンネルを埋設することを目的とする民法二六九条ノ二所定の地上権(以下「本件区分地上権」という。)の設定がなされていた。
そこで、本件借地権の昭和五一年六月二五日における価額を、国税庁長官が示達した「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七。以下「基本通達」という。)及び同通達に基づいて東京国税局長が定めた「昭和五一年分相続税財産評価基準」により評価すると、次のとおり二七九〇万七八八一円となる。
(一) 本件土地の一平方メートル当たりの価額は、昭和五一年分の路線価一平方メートル当たり七三万円に三角地角度補正率〇・九三を乗じて得られる六七万八九〇〇円である。
(二) 本件土地の地積は、七二・五平方メートルである。
(三) 本件土地の貸家建付借地権割合は、本件土地が存する地域の借地権割合〇・九から同割合に本件土地が存する地域の借家権割合〇・三を乗じた割合を控除して得られる〇・六三である。
(四) 本件区分地上権の阻害率は、〇・一である。
本件借地権の価額を算出するに当たつては、本件区分地上権が設定されていない場合の本件借地権の価額から、同価額に本件区分地上権の設定により本件土地の利用が妨げられる割合(阻害率)を乗じて得た額を控除する必要がある。ところで、国又は地方公共団体等の公共事業施行者が公共用地等を取得する場合の損失補償額については、昭和三七年六月二九日の閣議で決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」並びにこれに基づき中央用地対策連絡協議会によつて同年一〇月一二日に定められた「公共用地の取得に伴う損失補償基準」及び昭和三八年三月七日に定められた「同基準細則」(以下「補償基準等」という。)の定めに依拠して算出されているところ、原告及び正行は、本件区分地上権の設定に際し、補償基準等により本件区分地上権の阻害率が〇・一であるとして、更地価額に〇・一を乗じて算出された金額の補償を受けていたものである。したがつて、本件借地権の価額の算出に当たつても、補償基準等により本件区分地上権の阻害率を〇・一とするのが相当である。
(五) 以上により、本件借地権の価額を算出すると、次のとおり二七九〇万七八八一円となる。
678,900円×72.5×0.63×(1-0.1)=27,907,881円
2 原告は、昭和五一年一二月一日、正行から、正行所有に係る別紙物件目録(二)記載の土地の持分三分の一を贈与により取得したが、その価額は一七〇六万四六六六円である。
3 そうすると、昭和五一年分贈与税の課税価格は合計四四九七万二五四七円となり、その範囲内の三四九三万八五四一円を課税価格とする昭和五五年三月一四日付け更正に課税価格過大認定の違法はない。
二 原告の昭和五四年分贈与税について被告が昭和五五年九月三〇日付けでした再更正の根拠及び適法性は、次のとおりである。
1 原告は、昭和五四年一二月一日、正行から、正行所有に係る本件土地の底地(以下「本件底地」という。)を贈与により取得した。本件土地の現況は、前記一1と同様であつた。
そこで、本件底地の右同日における価額を、基本通達及び同通達に基づいて東京国税局長が定めた「昭和五四年分相続税財産評価基準」により評価すると、次のとおり六一二万八九三二円となる。
(一) 本件土地の一平方メートル当たりの価額は、昭和五四年分の路線価一平方メートル当たり一〇一万円に三角地角度補正率〇・九三を乗じて得られる九三万九三〇〇円である。
(二) 本件土地の地積は、七二・五平方メートルである。
(三) 本件土地が存する地域の借地権割合は、〇・九である(底地割合は〇・一である。)。
(四) 本件区分地上権の阻害率は、前記一1(四)同様に、〇・一である。
(五) 以上により、本件底地の価額を算出すると、次のとおり六一二万八九三二円となる。
939,300円×72.5×(1-0.9)×(1-0.1)= 6,128,932円
2 そうすると、昭和五四年分贈与税の課税価格は六一二万八九三二円となり、これと同額を課税価格とする昭和五五年九月三〇日付け再更正に課税価格過大認定の違法はない。
三 本件各過少申告加算税賦課決定の適法性は次のとおりである。
1 原告の昭和五一年分贈与税の課税価格は前記一3で述べたとおりであるところ、原告はこれを過少に申告していたので、被告は国税通則法六五条一項に基づいて昭和五五年三月一四日付けで過少申告加算税五七万二〇〇〇円の賦課決定をなしたものであるが、右被告主張の課税価格により原告が新たに納付すべき税額一八四三万二〇〇〇円に対して一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税額は九二万一六〇〇円であり、右賦課決定に係る額はこれの範囲内であるから、右賦課決定は適法である。
2 原告の昭和五四年分贈与税の課税価格は前記二2で述べたとおりであるところ、原告はこれを過少に申告していたので、被告は国税通則法六五条一項の規定を適用し、昭和五五年四月三〇日付け更正による納付すべき税額九〇万四〇〇〇円(同法一一八条三項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切捨てた金額)及び同年九月三〇日付け再更正により納付すべき税額九五万九〇〇〇円のうちの六万四〇〇〇円に対して、各々一〇〇分の五の割合を乗じて算出した四万五二〇〇円及び三二〇〇円の過少申告加算税の賦課決定をそれぞれ行つたものであるから、右各賦課決定は適法である。
第四被告の主張に対する原告の認否と反論
(認否)
被告主張一及び二の課税根拠のうち、本件区分地上権の阻害率を〇・一とする点は争い、事実関係は認める。同三は争う。
(反論)
一 本件借地権及び本件底地の価額を算出する際の本件区分地上権の価額の評価は、次のとおり相続税法二三条の規定によるべきであり、同規定によれば、本件区分地上権の阻害率は〇・九とすべきである。
1 相続税法二三条は、「地上権(借地法に規定する借地権に該当するものを除く。以下同じ。)及び永小作権の価額は、その残存期間に応じ、その目的となつている土地のこれらの権利を取得した時におけるこれらの権利が設定されていない場合の時価に、左に掲げる割合を乗じて算出した金額による。」として、「残存期間が五十年をこえるもの」の割合を「百分の九十」と規定している。同条の文言から明らかなように、同条にいう「地上権」は、借地法に規定する借地権に該当するものを除く民法第二編第四章規定のすべての地上権を意味し、したがつて同法二六九条ノ二の地上権(以下「区分地上権」という。)を当然に含むものである。
本件区分地上権のような鉄道用地下トンネルの埋設を目的とする地上権は、従来から民法二六五条の地上権として設定することが認められ、相続税法二三条の適用対象となつていたものであつて、昭和四一年施行の民法二六九条ノ二の規定により初めて地上権として認められたものではなく、同条は特に地下空間を客体とする地上権を注意的に規定しただけのものにすぎないのであり、この沿革からしても、相続税法二三条の地上権の中に区分地上権が含まれることは疑問の余地がない。
2 仮に、相続税法二三条の地上権に区分地上権を含めることにより不合理な結果が生ずることがあつても、それは法律改正により解決すべき問題であり、課税機関の判断・運用によつて区分地上権を同条の適用対象から除外するというようなことは、憲法三〇条及び八四条の規定する租税法律主義に違反し、許されるものではない。
3 したがつて、本件区分地上権の評価についても相続税法二三条の規定が適用されるところ、本件区分地上権の設定契約によると、存続期間は「契約の日から鉄道施設物存続中」と定められている。本件の鉄道用地下トンネルはその性格上恒久的、半永久的施設物として少なくとも五〇年を超えて存続することが明らかであり、現に国鉄当局もこれを証明する文書を原告に交付している上、減価償却資産の耐用年数に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)によれば鉄筋コンクリート造のトンネルの耐用年数は六〇年とされているから、本件区分地上権は相続税法二三条の規定する「残存期間が五十年をこえるもの」に当たるというべきである。そうだとすれば、本件区分地上権の価額は本件区分地上権が設定されていない場合の本件土地の時価に一〇〇分の九〇を乗じて算出することになるから、本件区分地上権の阻害率は〇・九とすべきである。
4 仮に、右の主張が認められないとしても、被告所部係官は、原告に対し、「本件区分地上権の評価については、その内容からして、相続税法二三条の存続期間の定めのないものについて規定しているところの一〇〇分の四〇の割合によるのが相当である」旨指導していたものであり、原告も、同条の規定の適用があるものと考え、本件区分地上権の阻害率三〇・九として課税価格を算出し昭和五四年分贈与税の申告をしたのであるから、禁反言の法理により、本件区分地上権の評価につき同条の規定を適用しないことは許されない。
また、鉄道用地下トンネルの埋設を目的とする地上権の評価は同条の規定によつてなされているのが一般の実情であり、本件区分地上権のみにつき同条の規定の適用を否定する理由はない。
二 したがつて、昭和五一年分贈与税に係る本件借地権の価額は、次のとおり三一〇万〇八七五円となる。
678,900円×72.5×0.63×(1-0.9)= 3,100,875円
また、昭和五四年分贈与税に係る本件底地の価額は、次のとおり六八万〇九九二円となる。
939,300円×72.5×(1-0.9)×(1-0.9)= 680,992円
よつて、本件各課税処分のうち右課税価格を超える部分は違法というべきである。
第五原告の反論に対する被告の認否及び再反論
(認否)
原告の反論のうち、被告所部係官が原告主張のとおりの指導をしたこと、原告が本件区分地上権の阻害率を〇・九として課税価格を算出したところにより昭和五四年分贈与税の申告をしたことは認めるが、その余は争う。
(再反論)
一 原告は、本件区分地上権の評価は相続税法二三条の規定に基づき行うべきである旨主張する。
しかしながら、民法二六五条の地上権は、一定の土地の上下に排他的に及ぶところの土地の全体・全層を客体とするものであるが、同法二六九条ノ二の区分地上権は、一定の土地の地下又は空間につき、上下の範囲を区分し、その区分層のみを客体とするものであるから、当該区分地上権の客体以外の地表等の利用は土地所有者に留保されているのである。したがつて、民法二六五条の地上権が設定された場合の阻害率は、当該地上権の存続期間に基づいて評価することができるが、同法二六九条ノ二の区分地上権が設定された場合の阻害率は、当該区分地上権の存続期間のみならず、当該区分地上権の対象である区分層等をも考慮して評価すべきである。しかして、土地所有者に当該地上権の存続期間中、当該土地の利用権限が留保されていることを全く予定しておらず、ただ、当該地上権の存続期間のみでもつて評価することとしている相続税法二三条は、その立法経緯、規定内容からして民法二六五条の地上権の阻害率を規定したものであり、昭和四一年の改正によつて法定された同法二六九条ノ二の区分地上権の阻害率を規定したものでないことが明らかであり、原告の主張は理由がないといわなければならない。
原告は、本件区分地上権のような鉄道用地下トンネルの埋設を目的とする地上権は元来民法二六五条の地上権として設定することが認められていたものであり、相続税法二三条の「地上権」の中に区分地上権が含まれることは疑問の余地がない旨主張する。
もとより、地下にトンネル等の工作物を建設する目的で他人の土地を使用するために民法二六五条の地上権を設定することができることはいうまでもなく、そして、地下にトンネル等の工作物を建設する目的で他人の土地を使用するために民法二六五条の地上権が設定された場合、その地上権を評価するに当たつては相続税法二三条に基づき評価することも、これまたいうまでもないところである。しかし、民法二六五条の地上権と同法二六九条ノ二の区分地上権とはその権利の客体を異にするものであるところ、地下にトンネル等の工作物を建設する目的で民法二六五条の地上権が設定された場合には、この地上権の効力は土地の上下に排他的に及ぶことから、土地所有者の土地利用権は地上権の存続期間中一時的に制限されることとなるのに対し、同じ目的で民法二六九条ノ二の区分地上権が設定された場合には、この区分地上権の効力は当該区分層のみを排他的に使用することができるだけであり、当該区分層以外の土地利用権は土地所有者に留保され、設定行為で区分地上権の客体となつた区分層の垂直方向の上下層に係る利用を制限することができ得るにすぎないものであるところ、相続税法二三条はその規定内容から明らかなとおり、当該権利の存続期間のみで評価することとしていて、当該権利の効力の及ぶ範囲を全く予定していないのであるから、同条は民法二六五条の地上権を予定しその評価方法を規定したものであつて、民法二六九条ノ二の区分地上権についてまでも予定したものではなく、この区分地上権に係る評価方法について規定したものではないというべきである。このことは、相続税法二三条と民法二六九条ノ二の各規定の立法時期から明らかということができる。
二 更に、本件区分地上権の内容からしても、本件区分地上権を相続税法二三条の規定に基づき評価することはできない。
本件区分地上権の範囲は、本件土地の東京湾平均海面の下二二メートル三〇センチメートル以下の区分層を客体とするものであるところ、この権利の行使のために、本件土地の所有者及び借地権者らは本件区分地上権者との間で本件土地の使用につき、<1>右区分層を掘さくあるいは土地の形質を変更しないこと、<2>東京湾平均海面の下二二メートル三〇センチメートルにおいて、工作物の荷重を一平方メートルにつき五〇トン以下とすること及び<3>地下鉄道の運行の障害となる工作物を設置しないこととする特約を締結しているが、この特約事項は土地所有者及び借地権者らが本件土地において現行法令上許容される最有効階層の建物を所有し得ることを前提として定められたものであつて、本件区分地上権は本件土地の使用につき何ら支障となるものではないのである。事実、本件土地には鉄筋コンクリート造陸屋根四階建塔屋地階付きの本件家屋が建築されているところである。
ところで、補償基準等によれば、土地の利用価値は<1>当該土地に建築技術上又は現行法令上許容される最有効階層の建物を建築することができることの利用価値(以下「建物利用価値」という。)と<2>右最有効階層に係る建物より上の空間及び地下部分についての利用価値(以下「その他の利用価値」という。)の集積されたものであるところ、一般に、土地の利用価値が高度な地域ほど土地の利用価値は「建物利用価値」に集中される傾向にあるので、土地の利用価値のうち「その他の利用価値」の占める割合は少なくなり、これを最大限に評価しても当該土地の底地割合にすぎないとされている。
しかるに、本件土地の借地権割合は〇・九(したがつて、底地割合は〇・一)であるところ、本件区分地上権の内容は前述のとおりであつて、この権利が設定されたことにより土地所有者及び借地権者らに対して、本件土地の使用につき特段の制限を加えるほどのものではないのであるから、本件区分地上権の評価につき、原告が主張するごとく相続税法二三条を適用して本件区分地上権の阻害率を〇・九であるとすることは、社会通念上到底首肯し得る合理的なものでないことは多言を要しないところであり、原告の主張に係るこの様な合理性がない結論に至つたのは、民法二六九条ノ二の区分地上権が同法二六五条の地上権とはその権利の客体において異なることがあることを忘却し、一律に権利の残存期間に応じて評価することとしている相続税法二三条を適用した結果に基づくものなのである。
以上のとおりであるから、本件区分地上権を相続税法二三条に基づいて評価することは、本件区分地上権の内容からいつてもできないものといわなければならないのである。
三 また、原告は、原告の本件贈与税の申告に際し、本件区分地上権の価額の評価につき、被告所部係官が相続税法二三条の規定によるべきことを原告に指導した事実があることを根拠に本件区分地上権の価額の評価は同条の規定によることが正当である旨主張するが、本件区分地上権の価額を評価するにつき同条を適用するべきか否かは法律判断事項であるところ、被告が右申告の際に原告に対して同条により評価すべきである旨指導していたとの一事をもつて、本件区分地上権の評価につき同条を適用するのが法的に正当な評価方法であるということはできないから、原告の主張は理由がない。
第六証拠<省略>
理由
一 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。また、被告の主張一及び二の課税根拠のうち、事実関係については当事者間に争いがなく、争いが存するのは本件区分地上権の阻害率のみであるから、以下この点について検討する。
二 原告は、昭和五一年六月二五日、正行から、権利金を支払うことなく本件土地について賃借権(本件借地権)の設定を受け、もつて通常支払われるべき権利金相当額の経済的利益(本件経済的利益)を受けたのであるから、相続税法九条の規定により、本件経済的利益の価額に相当する金額を贈与により取得したものとみなされるところ、本件経済的利益の価額は同法二二条の規定により、右取得の日の時価により評価される。そして、本件経済的利益の価額は、本件借地権の価額により評価されるから、結局、本件借地権の右取得の日の時価によることとなる。また、原告は、昭和五四年一二月一日、正行から、本件土地の底地(本件底地)を贈与により取得したが、本件底地の価額も、相続税法二二条の規定により、右取得の日の時価により評価することとなる。
ところで、原告が本件借地権又は本件底地を取得した当時、本件土地には本件区分地上権が設定されていたから、本件借地権及び本件底地の価額は、本件区分地上権が設定されていない場合の価額から、本件区分地上権の価額を控除した価額をもつて評価するのが相当である。
そこで、本件区分地上権の価額の評価方法が問題となる。相続税法二三条は、相続税法上の地上権の評価方法について規定している。本件区分地上権は、民法二六九条ノ二の地上権(区分地上権)であるところ、相続税法二三条に規定する地上権が、原告主張のように、民法二六五条の地上権のみならず、区分地上権をも含むのであれば、その評価は相続税法二三条の規定によるべきものといえる。
三 よつて、相続税法二三条に規定する地上権が区分地上権を含むか否かを検討する。
1 民法二六九条ノ二の規定は、土地の空中、地表及び地下の各層における並行的・立体的利用を可能にすることを目的として、昭和四一年法律第九三号により新たに設けられたものである。そして、民法二六五条の地上権は、土地所有権の及ぶ上下の範囲の全層を客体としてこれを排他的に支配するものであるのに対し、民法二六九条ノ二の区分地上権は、地下又は空間の一定層を客体とし、その範囲内でこれを排他的に支配するにとどまり、当該客体以外の地表部分の利用は土地所有者あるいは借地権者等に依然として保持されているのであつて、両者はこの点において決定的に異るのである。換言すれば、もともと民法二六五条には二種の地上権が包含されていたところ、昭和四一年法律第九三号がこれを確認的・注意的に分離独立させたという関係にあるのではなく、昭和四一年法律第九三号は従前認められていなかつた区分地上権を新設したものである。この点、原告は、本件区分地上権のような鉄道用地下トンネルの埋設を目的とする地上権は従来から民法二六五条の地上権として設定することが認められていたのであり、民法二六九条ノ二は民法二六五条の地上権の中から地下・空間を客体とする地上権を注意的に分離規定したものにすぎない旨主張するが、地下トンネルを埋設する等地下層の利用を目的として民法二六五条の地上権を設定することはもとより従来から可能であつたものの、この場合の地上権は土地所有権の及ぶ上下の範囲全体に及ぶのであつて、地下層のみに限定されるのではないのであり、土地の一定の層のみを客体とする区分地上権が民法二六九条ノ二の新設前から実体法上認められていたと解することはできず、原告の主張は採用できない。しかるところ、相続税法二三条は、昭和四一年法律第九三号の制定される以前からの規定であるから、立法経過からすれば、同条は区分地上権を対象とするものでないということが一応いい得よう。ただし、区分地上権も民法二六九条ノ二上は単に「地上権」と表現され、一方、相続税法二三条は「地上権」とのみ規定して、民法二六九条ノ二が新設された後も何らの改正も受けていないから、民法二六九条ノ二の新設に伴い、相続税法二三条の地上権が区分地上権を当然包含するに至つたと解することも可能であり、右の立法経過のみで同条の地上権に区分地上権が含まれないとすることはできない。
2 そこで、進んで、相続税法二三条の規定内容について検討するに、同条は、地上権の価額は、その目的となつている土地の地上権が設定されていない場合の時価に、当該地上権の残存期間に応じて定められた割合を乗じて算出した金額による旨規定している。民法二六五条の地上権は、一定の土地の全体・全層を客体としてこれを排他的に使用する物権であるから、その価額は相続税法二三条が規定するように当該土地の更地価額と残存期間に応じて評価することができる。しかし、区分地上権は、一定の土地の地下又は空間につき、上下の範囲を区分し、その区分層のみを客体とするものであつて、当該区分層以外の地表等の利用は土地所有者に留保されているのである。したがつて、区分地上権の評価に当たつては、その法的性質からして、当該土地の更地価額及び残存期間だけでなく、当該区分地上権の効力の及ぶ範囲、換言すれば当該区分地上権が当該土地の利用を妨げる程度・割合を当然考慮に入れる必要があり、それなくしては区分地上権の評価は不可能である。しかるに、相続税法二三条は、区分地上権の評価に必要不可欠な要素である右の程度・割合に関する規定を欠いているから、同条の規定は区分地上権を予定したものではなく、区分地上権の法的性格に適合するものではないというべきである。
3 更に、区分地上権の法的性格からして、一の土地につき、民法二六五条の地上権と区分地上権とを設定し、あるいは二以上の区分地上権を設定することが可能であるが、例えば、一の土地につきともに残存期間が五〇年を超える地下の区分地上権と空間の区分地上権が設定された場合、その価額を相続税法二三条の規定により評価するとすれば、両者の価額の合計が更地価額の一〇〇分の一八〇となり、更地価額を超えるという矛盾が生じるのである。この点からも、相続税法二三条の規定が区分地上権の法的性格に適合しないことが明らかである。
4 以上述べたような立法経過、区分地上権の法的性格、相続税法二三条の規定内容、そして両者の不適合性からすれば、同条は、民法二六五条の地上権に係る評価方法を規定したものにすぎず、区分地上権に係る評価方法についてまで規定したものではないと解するのが相当である。
5 原告は、租税法律主義の原則からして、相続税法二三条の地上権から区分地上権を除外することは許されないと主張する。同条の地上権に区分地上権が含まれているとすれば、仮に不合理な結果が発生しようと、運用によつて区分地上権を適用対象から除外するというようなことはもとより許されない。しかし、法律自体の解釈として、相続税法二三条が区分地上権の評価方法を規定したものということができないのであり、このように解したからといつて租税法律主義に違反するものではない。
6 更に、原告は、本件各係争年分の贈与税に関し、被告所部係官が本件区分地上権の価額の評価は相続税法二三条の規定によるべきことを原告に指導した事実があることを根拠として、同条の適用を否定することは許されない旨主張する。しかし、相続税法二三条の地上権に区分地上権が含まれるか否かは法律上の解釈に関する問題であつて、仮に原告主張のような事実があつたとしても、それがため原告において本来回避することのできた損害を不当に被る結果となつたという関係にはなく、原告に対し法律に従つた課税がなされるだけのことであつて、同条の適用を否定することが許されなくなるものではない。なお、原告は、鉄道用地下トンネルの埋設を目的とする地上権の評価は相続税法二三条の規定によつてなされているのが一般の実情である旨主張するが、区分地上権について右のような実情があることを認めるべき証拠はない。よつて、原告の主張は理由がない。
四 そうだとすれば、本件借地権及び本件底地の価額を相続税法二二条の規定に基づき時価により評価すべきである以上、その減額要素たる本件区分地上権の価額も、本件借地権及び本件底地の価額評価の一環として時価により評価すべきものといえる。
しかるところ、公共事業に必要な土地等を取得し又は使用する場合の損失補償額については、昭和三八年以来補償基準等に基づいて算出されており、原告及び正行は、本件区分地上権を設定した際、補償基準等により本件区分地上権の阻害率が〇・一であるとして、更地価額に〇・一を乗じて算出された金額の損失補償を受けていること、成立に争いのない甲第五及び第六号証並びに弁論の全趣旨によると、本件区分地上権は、本件土地の東京湾平均海面の下二二メートル三〇センチメートル以下の区分層を客体とするもので、土地所有者、借地権者らが本件土地上で法令上認められた最有効階層の建物を所有するにつき妨げとなるものではないことが認められること、本件土地上には現に鉄筋コンクリート造陸屋根四階建塔屋地階付きの本件家屋が建築されていること、成立に争いのない乙第一号証によると、補償基準等は、区分地上権の阻害率は底地割合を最高限度として適正に定めるべきものとしていることが認められること、そして、本件土地の存する地域の底地割合は〇・一であることを総合考慮すれば、本件区分地上権の価額は、更地価額に〇・一を乗じて得られる金額により評価するのが相当と認められる。すなわち、本件区分地上権の阻害率は〇・一と認めるのが相当である。
五 したがつて、昭和五一年分贈与税に係る昭和五五年三月一四日付け更正及び昭和五四年分贈与税に係る昭和五五年九月三〇日付け再更正は、被告の主張一及び二のとおりいずれも適法というべきである。
そして、本件各過少申告加算税賦課決定は、更正又は再更正により納付すべき税額の全部又は一部に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額の過少申告加算税を課したものであり、かつ、成立に争いのない甲第二七号証によると、右の過少申告加算税の額の計算の基礎となつた税額の中には、相続税法二三条の規定の適用を否定したこと自体を原因として増加した税額は含まれておらず、同条の適用に関連し過少申告の正当理由が存するか否かを論ずる必要のないことが認められるから、本件各過少申告加算税賦課決定もいずれも適法というべきである。
六 よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 泉徳治 大藤敏 立石健二)